ボランティア
 ボランティアに行ってまいりました。
 何の?
 車椅子を押して都内を散策する会のお手伝いに行ってまいりました。勿論私は車椅子を押す役目です。が、ただ押すだけでなく、実際は雑用もかねてのお手伝いでした。

 皆さんはご存知でしょうか?
 障害者の方、その介添えをする方は公共の乗り物が子供料金になるという事を。恥ずかしながら私はこの年になるまで知りませんでした。そして知ることができなかった重要な事が他にもあったのです。
 車椅子で駅に行くという行動が、いかにその方へ不便さを強いているかという事です。昨今、「バリアフリー」の意識が世に浸透してきてはいるものの、実体験として車椅子の方と共に歩いてみて、この世はいたるところ「バリアばかり」という現実を体感せずにはいられません。
 駅にはエレベータがあります。
 どこに?
 改札口から程遠いところ。
 大きな駅のコンコース。
 間違って一段高いところに上がってしまったらしい。
 もう一度引き返す。
 遠回りする。
 元の場所に戻って・・・。
 普段なら気にも留めずに早足で歩いている都会の一風景が、いつもの印象とは別物の険しい道のりとして映ります。正直なところ、技術の進歩によって車椅子であろうともいろんなところへ行けるものと思っていましたが、この会に参加した後その考えが変わったのは言うまでもありません。ちょっとした移動が、一駅先に行く事がどんなに大変なのか。私は体験として理解したのでした。
 本当にいくつになっても知らない事、気付かない事が多いのだなと、反省しきりなボランティアでした。
 参加した皆さん、おつかれさまでした。とても楽しい一日でしたね。ありがとうございました。

 代表取締役 長谷川 弘志
足下にお気をつけください
気が利いているようで、実はちょっと野暮なもの。

不景気だからアイデアが湧いてくるという人もいますが、中には意図がよくわからない商品やサービスも多く存在します。

先日、靴下を買いました。
その靴下は右足と左足が決まっていて(指が割れているものではありません)ご丁寧にR、Lとつま先に印まで付いています。R、Lとなっていたらその指示通りに履いてしまうのが人間の心理というもの。「もし右足にLの印があるところを人に見られたら馬鹿だと思われてしまう」などと下らない心配が募ります。
そしてこの靴下の最大の欠陥が発覚します。すぐ穴が開いてしまう事。大抵の人は親指が一番突起していると思います。指示通り右にRだと、突起した部分が常に一定の位置にあるのですから傷みが早いのは道理な話なのです。かといって長持ちのために右にLだと馬鹿呼ばわりされるのを覚悟しなければなりません。

仕事柄、お客様のお宅に上がらせて頂くことが多いのですが、ちょっとした冷や汗をかくことがあります。
朝はかろうじて繊維一筋分、覆っていた足の親指が靴下から白々と顔を覗かせている。そのような経験はありませんか?私はこれを足下のアナーキー(穴開き)状態と称しています。
スリッパが用意されていればお客様の目につかないうちに履いてしまえば何とかなりますが、何もなくそのまま座敷に通されたりした時は大変です。つま先を少し弛ませ気味にして、なるべく足下が死角になるようにしなければなりません。打合せもそこそこにその場から早々に退散したくなります。

皆さんもご葬儀でこんな場面に出くわすかもしれません。
「ある殿方はその夜、通夜に弔問する予定になっていた。職場から斎場に直行するために黒服を持参。前日にアイロンを掛け直し、防虫剤の臭いもとばした。記帳、受付もスマートに済ませ、焼香作法もそつなくこなし、案内係の誘導でお清め処へ進むと、そこには座敷が広がっていた。
日中、大雨の中歩き回った殿方の靴下は、湿った革靴のプレッシャーに耐えきれず、すでにアナーキー状態であった」
他人事ではありません。どうぞ足下にお気をつけ下さい。



式典部 多田 策之
「お別れの会」セミナー
ブログを始めたのはいいのですが、なかなか書くことがなく更新がままならない状態です。
他の皆さんはどうしているのだろうと考えても、自分のブログが更新されなくてはどうしようもないですよね。

そんな悩みを抱えている時、うってつけの題材がありました。

「お別れの会」セミナー。
実は(1カ月程前)、都内ホテル主催の「お別れの会」セミナーが開かれるという事で講師としての参加を依頼されました。そんな偉そうな事…とも思いましたが、意を決して引き受けた次第です。



当日は広い会場に約200名様もの方々がご来場になりました。中には日ごろお出入りをさせていただいてる会社の総務・秘書ご担当者の方もいらっしゃって、緊張した中でスタートを切りました。参加された方々の中には熱心にメモを取って下さる姿も見え、自然と私のトークにも熱が入っていきました。



何とか無事終わらせることができました。

今回の経験で実感したのは、日頃話には聞くし参加した事もあるけれど、いざご自身で「お別れの会」を実施するとなると我々から見て当然のことも、お客様側から見ると疑問に思われる事が多いのだなという事です。
日常の営業や業務の中で一層真摯な気持ちを持ってお客様の話を伺うように心掛けていかなければ、そういう疑問に対して的確にお答えしていけないのだなと、あらためて感じた次第です。

さて、これを書き終えると新しいブログネタを追い求める(?)日々が始まります。近々またご報告できることを願っております。

代表取締役 長谷川 弘志
はじめまして。
2010年を迎え早くも一ヶ月経ちました。
昨年は個人的に引越を2回もして落ち着きのない一年でした。

私は普段、法人営業活動をしています。
営業先でのお客様との内容はさまざまで
「最近、花を使う機会も少なくて・・」と景気の悪さを象徴する内容や
「予算ないからまけてよ」とのお願い事や
中には古くからお付き合いさせて頂いているお客様などは
「うちは暇だけどハセガワさんは忙しいだろ 寒くなったから・・」と
からかわれることも・・
こういう冗談をおっしゃる方は実際、多大にお世話になっております。

弊社は、多くのお客様に支えられております。

たいへんありがたいことです。

「他にも花屋はあるけどハセガワさんに頼むのが一番安心できる」との
ご意見も多く頂戴しております。

営業活動の中で一番、嬉しいことです。

不況のどん底だからと言って悲観することなく今、自分の出来ること
を着実にやっていけばお客様にもご満足頂けると信じて頑張ります。

営業部 村井 雄一
感動葬儀
最近、葬儀社サイトでよく見かけるキーワードです。勿論お客様のご希望を叶えた上での感動なのでしょうが、何か違和感を覚えます。

人の最期は様々です。ご家族や多くのご友人知人にあたたかく見送られる方もいれば、やむなくひっそりと送られる方もいるのです。ご老年から順番にこの世を去っていくわけでもありません。
悲しみの表れ方も様々です。深い悲嘆の最中で、遺されたご家族のその後の労苦が容易に想像されるような場合も現実としてあるのです。そんな事情も配慮するとすべての葬儀に感動を「売り物」として勧める事はできません。

ある未亡人とそのご家族は初対面から打合せ、葬儀の当日まで、終始笑顔の絶えない、さばけたような明るさのある人々でした。
お身内のみで執り行われたということもあり接遇の気疲れもない様子で、かしこまった中にもリラックスした雰囲気が感じられるような葬儀でした。
すべてを終えてご自宅に帰りつくまでこの雰囲気は変わらないものと思っていましたが、このご家族は見事に裏切ってくれました。

お別れ(花入れ)の儀式も淡々と進み、お柩の蓋を閉じようとするその時、未亡人が故人様のお顔に手を触れ離れません。何かを囁いているようです。耳を澄ましてみると「ありがとう」と何度も繰り返しているのがかろうじて聞き取れました。
ご家族が一斉に肩を震わせ始めます。この時この空間には感傷的なBGMはなく、効果的な光の演出もなく、気恥ずかしくなるようなサプライズもありません。
家族が歩んできた歴史の当事者どうしでしか伝播しえない感情の揺さぶりがそこにはあったのでしょう。

これを感動と呼んでいいのでしょうか?

私の立場として、このような大切な時を邪魔することだけは避けなければなりません。できることなら存在を消してご家族だけの空間にしたいくらいなのです。

定刻を過ぎてのご出棺となりました。
その数十分後には私の知っている明るいご家族が精進落としの会食を楽しんでいたのでした。

学ばせていただきました。

出会う人、出来事の分だけ賢くなり、深くなれる。
よろしくお願い致します。

式典部 多田 策之

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